トリュフォー 「大人は判ってくれない」
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トリュフォー 「大人は判ってくれない」

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<『大人は判ってくれない』シナリオ採録> 「先生、実は母が……死にました」 やさぐれ少年がその場しのぎで吐いた嘘の、大き過ぎる代償 そして、疾走――ゆけゆけアントワーヌどこまでも! 1959年パリ。映画青年トリュフォーが、自身の不良少年時代をモチーフに撮った作品『大人は判ってくれない』が、世界中の映画を一変させた! 今をときめくグザヴィエ・ドランが長編第1作『マイ・マザー』で、巨匠スティーヴン・スピルバーグが学生時代の作品でオマージュを捧げた、ヌーヴェル・ヴァーグ作品の金字塔。観る者をナイーヴな童心に帰し、魅了してやまない、優しくて力強い傑作青春映画だ。そんな本作の魅力を “言葉” から味わう一冊。 仕様:ペーパーバック判/並製/82ページ 発刊:2020年6月 発行:土曜社 [プロフィール] フランソワ・トリュフォー 映画監督。1932年、パリ生まれ。父は不明で里子に出されたのち、33年に母が結婚。おもに母方の祖母に育てられ、10歳から両親と同居。16歳のとき、シネクラブ「映画中毒者集会」を設立。のちに自身の “精神的父親” となる、映画批評家のアンドレ・バザンと知り合う。失恋がきっかけで軍隊に入るも脱走し、軍刑務所付属の精神病院に収容される。バザンの力添えで除隊を認められ、彼の推薦で53年から『カイエ・デュ・シネマ』誌などに映画批評を執筆。59年に長編第1作『大人は判ってくれない』を完成させ、ヌーヴェル・ヴァーグの旗手として一躍注目を集めた。同作主人公のその後を描いた続編として『アントワーヌとコレット』(62/オムニバス映画『二十歳の恋』に収録された短編)、『夜霧の恋人たち』(68)、『家庭』(70)、『逃げ去る恋』(78)があり、まとめて「アントワーヌ・ドワネルの冒険」シリーズと呼ばれている。その他の代表作に『あこがれ』(57/短編)、『ピアニストを撃て』(60)、『突然炎のごとく』(61)、『華氏451』(66)、『恋のエチュード』(71)など。84年にパリ近郊ヌイイ=シュル=セーヌにて、悪性脳腫瘍のため死去。 マルセル・ムーシー 脚本家、映画・テレビドラマ監督、作家。1924年、アルジェ生まれ。テレビドラマの脚本でトリュフォーから注目され、『大人は判ってくれない』の脚色・台詞執筆の依頼を受ける。トリュフォーの次作『ピアニストを撃て』にも着手したが、リアリズムに固執するムーシーとトリュフォーの意見が合わず、ムーシーは途中で降りた。99年、カーンにて死去。映画監督作に『赤と青のブルース』(60)、『Trois hommes sur un cheval』(69/日本未公開)。またルネ・クレマン監督『パリは燃えているか』(66)のフランス語追加台詞、アンリ=ジョルジュ・クルーゾー監督『囚われの女』(68)の共同脚本も手掛けた。